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松井“万感” 師弟の絆強く 国民栄誉賞授与式

国民栄誉賞授与式良かったね^^
テレビ録画して何度も見ちゃった
ちょっと涙も出て(;ω;)

引用:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130506-00000060-san-base

「4番センター松井、背番号55」。アナウンスとともに、松井氏がグラウンドに現れた。「これからも僕の心の中には常にジャイアンツが存在し続けます。長い間、本当に、本当にありがとうございました」。超満員のファンへ引退のあいさつ。大歓声の中、白いオープンカーでゆっくりと場内を一周した。

 傍らには今回、ともに国民栄誉賞を受賞した長嶋氏がいた。そろいの濃紺のスーツにワイシャツ、ネクタイ。松井氏が「同じ服装にしたい」と提案し、長嶋氏が選んだものだという。授与式でも、右手が不自由な長嶋氏が表彰状などを受け取る際、松井氏がそっと右手を添えた。「僕にとっては人生の師匠」。主役の1人にもかかわらず、常に“恩師”を立てる松井氏がいた。

 1992年ドラフト会議で4球団が競合した松井氏を、巨人監督に復帰したばかりの長嶋氏が自ら引き当てた。松井氏は阪神ファンだったが、長嶋氏の存在もあって巨人入りを決めた。師弟関係の始まりだった。

 長嶋氏は「もうひとりの長嶋をつくりたい」と、入団時に「4番1000日計画」を掲げた。東京ドームで、遠征先で、長嶋氏の自宅で。毎日のように行われた2人きりでの素振り練習が、類いまれなスイングスピードと他を圧倒する飛距離を生んだ。

 「巨人の4番は球界の4番」「ファンあってのプロ野球」-。長嶋氏が強く意識し実践してきた道を、松井氏も歩んだ。個人よりチームの勝利を優先し、ファンのため連続試合出場にこだわった。日本に戻らず引退を決断したのも「ファンは(巨人の4番だった)10年前の姿を期待する。自分がその姿に戻れる自信を強く持てなかった」。長嶋氏直伝の“スーパースターの美学”だった。

 自分のすべてを注ぎ込んだ長嶋氏と、全身全霊で受け止めた松井氏。2人そろっての国民栄誉賞は、絆の強さの証しだ。「監督が国民栄誉賞をもらったことは、おそらく国民の誰より僕がうれしく思っている」と話すまな弟子の隣で、長嶋氏は静かにほほえんでいた。

 注目は松井氏の今後。すでに「いずれ大監督になってもらいたい」とラブコールを送っている巨人の渡辺恒雄球団会長。「松井君の野球道はまだまだ、これから」と長嶋氏は見守っている。(森本利優)
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