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東北・関東大地震:都市機能まひし帰宅諦め歩く人も、家遠く不安な一夜過ごす/神奈川

 揺れが収まり、日が沈むと、街に「帰宅難民」があふれた。交通機関がストップ。帰宅難民者のために横浜市が開放した横浜アリーナ、パシフィコ横浜は帰りの足を失ったサラリーマンらで満杯になった。通りには、夜通し歩いて県内に戻る人々の列が続き、身を寄せ、支え合いながら不安な一夜を過ごした。

 スーツ姿のサラリーマンが新聞紙を広げて床に寝転がり、お年寄りは壁にもたれて眠っていた。6500人収容のパシフィコ横浜が満杯になったのは午後9時45分。多くが直接床に腰を下ろしている。

 都内の男性会社員(40)は「仕事で近くにいたので、とりあえず来た。どうするか考えているが、恐らく朝までいることになる」。夜が深まるにつれ、表情には疲労の色がにじんだ。

 横浜アリーナは午後6時ごろに開放され、3時間後に約2千人を収容していっぱいになった。

 生後8カ月の長女を連れた川崎市内の30代女性は、新横浜駅近くで食事中に地震に遭った。ツイッターで施設の開放を知り、足を運んだ。室内は暖房は効いているが、届くはずの毛布2千枚が道路渋滞で到着が遅れている。女性は「子どもがいるので助かった。今夜は体力が持つ限り、子どもを抱っこしています」と話した。

 横浜駅近くの沢渡公園の体育館には約200人が身を寄せた。女子大生の3人組は、隣になった老夫婦からあめ玉をもらい、表情を緩めた。余震が続くなか、「みんな大変だけど、支え合って頑張ろうと一体感があり、不安はないです」。

 都内からは多くの人たちが、県内のわが家を徒歩で目指した。時折小雨がぱらつく。表情を硬くしたまま、コート姿のサラリーマンやOLの列が続いた。

 都内の地下鉄駅では、駅員が路線沿いの地図を大量にコピーして配った。手にしてあらためて「遠い」とため息。それでも「明け方までには着くだろう」と意を決して歩き出した。

 通り沿いのコンビニ店には「トイレ貸します」の張り紙も。スタッフは「助け合いは大事だから」。店内のおにぎりやパンなどの食品棚は空っぽ。自動販売機のホットドリンクは軒並み売り切れになった。

 川崎市在住の20代の男性は「明日は週末だし、きょうのうちに家に帰り着きたい」と白い息を吐きながら歩を早めた。

 一方、JR関内駅前のタクシー乗り場。先頭の女性は2時間待ち続けているが、一向にタクシーは来ない。1人のタクシー運転手が「いまから営業所に戻るから、近い人は乗せられる」と呼び掛けた。方向は違うが、赤ちゃんを連れた女性を乗せることにした。運転手は「一番困っていそうだったから」と話した。
引用:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110312-00000028-kana-l14

tag : 帰宅難民

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