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植田JAPAN、16年ぶり五輪決めた!


 「バレーボール北京五輪男子世界最終予選・第6日」(7日、東京体育館)
 植田ジャパン、16年ぶり五輪-。世界ランク12位の日本が、同6位のアルゼンチンを3-2で破って5勝1敗とし、アジア最上位が決定。1992年バルセロナ大会以来、4大会ぶり8度目の五輪出場を決めた。日本は第1セットを落としたものの、2セットを連取。最終セットにもつれ込んだが、20-18の粘り腰で制した。すでに女子も出場権を獲得しており、4大会ぶりのアベック出場となる。

 植田ジャパンが、船出から4年目で五輪の汽笛を鳴り響かせた。

最終セットは、ともに3度のマッチポイントに持ち込む薄氷ゲーム。精神的にも成長した日本が“粘力”で死闘を制し、北京への扉をこじ開けた。
 バルセロナを知る唯一の主将・荻野が大仕事をやってのけた。第3セットの途中から出場して、チームを修正。最後は、ブロックを見透かしたような鮮やかなワンタッチスパイクを決めた。
 この瞬間、12人の戦士は喜びを爆発。万感の涙を浮かべた植田監督は、コートにうつぶせで倒れ込んだ。40歳で全日本の監督に就任してから、食事も管理しながら選手の体力を養成。「あいさつもできないようではダメ」と、メンタル面も含めた人間教育で世界レベルに鍛え上げた。
 前回、五輪を逸し“戦犯扱い”された山本が両軍最多の28得点を決め「精神的な部分で崩れちゃいけないと思いながらしっかり戦った。その分、強くなった」と成長を口にした。チーム最年長、38歳の荻野も「バレーをやってきてよかった。リベンジできたことが最高」と感無量だった。
 伝統の男子バレーも、72年の“ミュンヘンの奇跡”といわれた金メダルを頂点に下降線をたどった。77年のW杯の銀からはメダルにも無縁。日本を支え続けたコンビバレーは、世界レベルから後れを取った。
 イタリアにショッキングな逆転負けを喫した際は「苦しいものはオレが背負う」と、選手に言い聞かせて立て直した。バルセロナで主将だった植田監督。辛苦を乗り越えて日本バレーをよみがえらせ、次は指揮官としてメダル復活を目指す。
(引用:ライブドアニュース)

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