岡田監督救った!俊輔右足弾…W杯アジア3次予選
◆2010年W杯アジア3次予選2組第3戦 日本3−0オマーン(2日・日産スタジアム) 日本代表のMF中村俊輔(29)=セルティック=が2日のオマーン戦で1得点を挙げるなどの大活躍。引き分け以下で更迭を覚悟していた恩人、岡田武史監督(51)と日本サッカー界を救う3−0の快勝に見事に貢献した。前半22分に攻め上がったDF田中マルクス闘莉王(27)=浦和=に約40メートルのロングパスを通し、FW大久保嘉人(25)=神戸=のゴールを演出すると、後半4分には珍しい右足で3点目をゲット。ファンタジスタが厳しい南アフリカへの道を切り開く。日本代表は3日、オマーン戦(7日・マスカット)に向け出発する。
沈没危機だった日本サッカー界と恩人を救う一撃だった。
後半4分、俊輔が圧倒的なすごみを見せた。松井の横パスを受けると絶大な空間認知力が作動する。「コマ(駒野)の位置が遠かった」。周囲にサポートはない。判断は一瞬。黄金の左足で華麗にフェイントを繰り出す。伝家の宝刀をおとりにDFの逆を突くと右足一閃(いっせん)。勝負を決める3点目がゴール左隅に突き刺さった。
故郷・横浜の日産スタジアムで記念すべき08年代表初得点。磐田FW中山雅史と並ぶ歴代7位タイの21点目を叩き出した俊輔は満面の笑みを浮かべた。日本サッカー界の発展に貢献した長沼健日本協会最高顧問が亡くなったこの日に俊輔が日本代表を救った。
「今予選で、韓国はヨルダンに2−0から追いつかれた。監督からは『次の1点を絶対に取れ』と言われていた」2点リードしても油断はなかった。
引き分け以下なら解任を覚悟してオマーン戦に臨んだ岡田監督の指令を完ぺきに遂行した司令塔は、3次予選敗退危機に陥った日本で救世主となる不退転の決意を固めていた。
岡田ジャパン初合宿の行われた昨年12月18日、俊輔は極秘裏に帰国した。セルティック幹部以外、誰も知らないリーグ戦日程の合間を縫う強行軍。理由は昨夏のアジア杯強行参戦の代償に負った原因不明の左ひざ痛治療のためだった。代表宿舎で医療スタッフ、日本の主治医に仰いだ診断結論は腱(けん)部分の炎症だった。
「あの恩を返したい」
この一心から日本で注射治療を決断した。俊輔の代表人生は岡田監督の下で始まった。98年2月の豪州合宿で初招集された。
「俊輔は他の人にない特別なものを持っている。だから呼んだ」
きゃしゃな原石に過ぎなかったが、宿舎の監督室で直接もらったその言葉が人生の支えだった。痛みの緩和された左ひざもセルティック3連覇と引き換えに再注射が必要なほどに悪化。それでも、懸命に左足を振るった。前半22分に走り込むDF闘莉王の頭に完ぺきに合わせる約40メートルのクロスで2点目を演出。すべては恩師の窮地を救うためだった。
スタンドで見守った愛する家族に勝利をささげた。今年1月に誕生した二男にも初めて日の丸を背負う雄姿を見せた。「アウェーでもハードワークする。五分五分のボールにもスライディングする」恩師の執念が乗り移った闘将・俊輔が南アフリカへの苦難の道を切り開く。
(引用:ライブドアニュース)
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